【5月4日 AFP】第2次世界大戦(World War II)中にオーストリアの強制収容所で被収容者が掘った地下トンネル内に、巨大なドレスと血のように赤いひもがつり下げられている。今年の欧州文化首都(European Capital of Culture)に選ばれたアルプス(Alps)のザルツカンマーグート(Salzkammergut)地方で、世界的に有名な日本人アーティスト、塩田千春(Chiharu Shiota)氏の作品展が先週から開かれている。狙いは、ナチズムの犠牲者をしのび、「言葉で伝えられられないもの」に近づいてもらうことだという。

 エーベンゼー(Ebensee)強制収容所記念館の責任者、ウォルフガング・クアテンバー(Wolfgang Quatember)氏は、「ここで起きたことを今の人々に身近なものとして受け取ってもらえるはず。言葉にできないことをリアルに感じ取ってもらえると思う」とAFPに語った。

 エーベンゼー強制収容所は、オーストリアのザルツブルク(Salzburg)近郊の風光明媚(めいび)な山岳地帯に労働収容所として建てられた。オーストリアは、ナチス・ドイツ(Nazi)総統アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)が生まれた国で、1938年にヒトラーによってドイツに併合された。

 エーベンゼー収容所には、1943~45年に2万7000人以上の男性が収容されていた。国籍は20か国に及び、このうち3分の1はユダヤ人だった。被収容者は、ミサイルの研究開発を目的とした地下トンネルを掘る作業を強制された。ただし、ミサイル開発は構想のまま終わっている。

 ここで命を落とした人々は8000人を超える。クアテンバー氏は、このトンネルは「強制労働が行われた証拠」であり、「私たちは今どこに?(Where are we now?)」と題された今回の展覧会は、犠牲者を追悼するためのものだと話した。

 トンネルの天井からつり下げられているのは、長さ280キロの赤いひもだ。ひもは、巨大な幽霊のようなドレスにつなげられ、「体の抜け殻」のように空中に浮かんでいるように見える。塩田氏によれば、「存在の不在」を象徴しているという。

 塩田氏は、赤い色は日本では運命や宿命を表し、血液には「家族や国家、宗教などのすべて」が内包されるため、この色を用いたと説明した。

 ドイツ在住歴が26年に及ぶ塩田氏は、ナチスが設置した強制収容所のことはよく知っていたが、エーベンゼーを訪れたのは展示を依頼されてからだという。

 当時、ナチス・ドイツと同盟を結んでいた祖国・日本がこれまで追悼事業に力を入れてこなかったのを残念に思うとオーストリアの主要日刊紙プレッセに語っている。

 展覧会の会期は9月まで。(c)AFP